大判例

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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)5907号 判決

原告 佐久間良太

被告 国

一、主  文

被告は原告に対し金九万千四百九円六十三銭を支払え。

原告その余の請求は棄却する。

訴訟費用は十分しその一を原告その他を被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は被告は原告に対し金十万三千四百六十七円を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として原告は肩書地に居住し同市小川町五番地に於て洋服業に従事して来たものであつたが、業務上正規の配給を受けた繊維製品中約千六百碼(別紙物件目録<省略>記載を含む)保有していたところ昭和二十一年二月隠匿物資等緊急措置令の公布を見るに至つた。神奈川県に於ては同令による調査物資の調査申告書の取りまとめ方を繊維製品関係業者の分については神奈川県繊維製品配給株式会社をして行はしめ、同社は神奈川県洋服商工業統制組合に、同組合は所属各支部に夫々取扱はしめた。よつて原告は所属同統制組合横須賀支部よりの通知に従つて調査申告書を作成して同年三月五日頃横須賀支部へ提出した。該申告書は当然前記経路を経て同令所定の日迄に当該関係当局へ到達して居るものと信じていたところ、昭和二十三年一月末横浜地方検察庁により同令違反の嫌疑を以て逮捕勾留の上取調を受け原告の保有していた前記の約千六百碼の繊維製品全部を証拠品として押收された。而して同年十二月原告が同令による調査申告書を提出しなかつたものとして横須賀簡易裁判所に起訴されたが、同裁判所に於て審理の結果原告の為した前記調査物資の調査申告書提出の事実が認められ昭和二十四年七月二十七日無罪判決の言渡があり法定の控訴期間の経過によりその確定を見た。

右刑事事件の捜査進行中原告は昭和二十三年七月十五日横浜地方検察庁検察事務官岡本某から呼出を受け、「別紙目録のものは私が所有して居りましたものですが右は隠匿物資等緊急措置令違反のものでありますから正当の機関に供出することを承諾致します」と言う文言の記載せられている横浜地方検察庁宛供出承諾書と題する書類を示されたので、原告は自己の行為が隠匿物資等緊急措置令に違反するものと誤信しその申出に応じて署名捺印した。その後同年八月初旬東京地方経済安定局々長より前記承諾物件を不正保有物資等別措置特別会計において買上げることに決したから、右特別会計の代行機関たる産業復興公団に引渡すよう又買收価格は過剰物資在庫活用規則第三条第一項の規定により昭和二十一年三月の統制額と決定したという趣旨の買上通知書を郵送して来た。尚該書類には該買上に異議あるとき及買上価格につき不服あるときはその旨申立てるようとの追書があつたが、当時原告は前記の如く自己の行為が隠匿物資等緊急措置令違反に該当するものと誤信していたので何等之に異議又は不服の申立をしなかつたところ、産業復興公団の係員が来て当時原告が検察当局の命により保管中であつた別紙目録記載の繊維品を供出就諾物件として持ち帰つた。

その後産業復興公団から昭和二十三年九月二十一日付仮買上契約書及同年十二月三日付買上契約書を送付してきた。しかし右契約は前記の如く原告の誤信に基くものであるから法律行為の要素の錯誤があるから無効である。しかるに右物件は右公団から金一万二千五十七円三十七銭で買上げられその内金一万二千円は登録公債で買上げられたが、その後調査の結果本件物件は産業復興公団においてその大部分を昭和二十四年八月に、又残余の部分を同年十二月に代金合計金十万三千四百六十七円で売却したことが明になつた。

しかし思うに原告は本件物件について隠匿物資等緊急措置令による違反がなかつたことは前記横須賀簡易裁判所の判決の確定により明かであるから、本件物件は不正保有物資でないといはねばならない。しかるに本件買上に関与した国家機関乃至その代行機関は本件物件を不正保有物資として処分して前記金額を原告に交付したが、前記の如く本件物件が不正保有物資でないとすると被告が本件物件を売却して得た金十万三千四百六十七円は法律上の原因なくして原告の損失により得た利得であるから、被告は原告に対し右金額を返還すべき義務あるというべきであると述べた。<立証省略>

被告指定代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、

請求原因に対して原告が肩書地で洋服業に従事していたがその業務上配給を受けて本件物件を所有していたが隠匿物資等緊急措置令の公布があつたので、原告は所属の統制組合である神奈川県洋服商工業統制組合に昭和二十一年三月五日に該物件の調査報告書を提出したが、右の報告書が右勅令の定める期日迄に地方長官を経由して商工大臣に到達しなかつたために横浜地方検察庁により昭和二十三年一月より前記勅令違反に問はれ起訴されたが、昭和二十四年七月二十四日横須賀簡易裁判所で審理の結果右調査報告書提出の事実が認められ無罪の判決が言渡されて右判決は確定したことは認める。

しかし原告が前記緊急措置令に違反するものと誤信して供出承諾書、仮買上契約、買上契約に各署名捺印したこと及そのために買上通知書に異議乃至不服の申立をしなかつたことは否認する。

原告主張の本物件は国の代行機関である産業復興公団において原告主張の日時に金十万三千四百六十七円で売却したことは認める。

尚被告の主張として陳述した要旨は左の通りである。

第一、原告に対する隠匿物資等緊急措置令違反の被告事件が横須賀簡易裁判所で無罪になつたのは、原告がその所属統制組合に所定の期間内に調査申告書を提出していたため右緊急措置令違反の故意又は過失即ち犯罪の主観的要件を欠くために原告には刑事責任がないとされたからである。

しかし刑事事件が無罪になつたからといつて直ちに隠匿物資等緊急措置令違反にならないということにはならない。

前記緊急措置令第一条には「調査物資を所有し又は占有する者は調査報告書を昭和二十一年三月十日迄に当該物資の所在場所を管轄する地方長官を経由し商工大臣に提出することを要する」のであるから、少くとも右期日迄には前記報告書が地方長官に到達しなかつた場合は前記緊急措置令違反となるわけである。従て本件物件は過剰物資等在庫活用規則第一条の所謂不正保有物資に当ることになる故、政府の代行機関である産業復興公団が本件物件を不正保有物資として処分したとしても国は何等不当利得にならない。

第二、仮に不当利得となつたとしても、被告が原告の財産によつて利得した額は前記処分により得た十万三千四百六十七円から原告に支払つた一万二千五十七円三十七銭を控除した九万千四百九円六十三銭であると述べた。<立証省略>

三、理  由

一、(イ) 原告は前記肩書地において洋服業に従事していた間に業務上配給を受けて別紙目録物件(以下本件物件と記す)を所有していたところ、昭和二十一年二月十七日勅令第八八八号隠匿物資等緊急措置令が公布されたので原告は同年三月五日その所属統制組合に調査報告書を提出したが、該報告書が右緊急措置令所定の同年三月十日迄に地方長官を経由して商工大臣に到達しなかつたため横浜地方検察庁から右緊急措置令違反に問はれた結果原告は本件物件を不正保有物資として国に供出したこと。

(ロ) 原告に対する前記緊急措置令違反被告事件は原告が前記の通りその所属統制組合に調査報告書を昭和二十一年三月五日提出したことが認められ、該報告書が所定の期日迄に地方長官に到達しなかつたとしても原告には「故意若くは過失」が認められないとの事由で昭和二十四年七月二十四日横須賀簡易裁判所において無罪の判決が言渡され右判決は確定したこと。

(ハ) 原告の前記供出した本件物件は国の代行機関である産業復興公団において昭和二十四年八月及同年十二月の二回に売却処分した結果、国はその代金十万三千四百六十七円を取得したこと。

右の事実はいづれも本件当事者間に争がない。

二、国が前記売却処分によつて得た金額は原告主張の通り国の不当利得になるかどうかについて判断する。

(イ)  まず本件物件が不正保有物資になるかどうかについて考えてみるに、過剰物資等在庫活用規則第一条によると不正保有物資とは物資の入手、所有又は占有に関し臨時物資需給調整法その他物資の需給調整若くは物資の需給調整のための調査報告に関する法令……に違反する事実の認められたすべての物資をいうとあるから、原告に対する本件物件に関する隠匿物資等緊急措置令違反被告事件が前記の通り無罪の判決が言渡され該判決が確定した以上該規則第一条に言う「違反の事実が認められない」のであるから、本件物件は所謂「不正保有物資」ではないと解すべきものと考える。

(ロ)  被告国が前記第一(事実摘示)に主張するように原告に対する前記緊急措置令違反被告事件が無罪になつたのは、犯罪の主観的要件である原告の「故意又は過失」が認められないという事由によるものであるから、之れによつて直ちに原告が該緊急措置令違反にならないとは言えない。即ち原告の政府に提出すべき調査報告書が同令所定の期日迄に少くとも地方長官に到達しなければやはり該令違反になると言うべきであるとの見解も一応形式論理としては成り立ち得るものと考える。しかし国家が昭和二十一年二月十七日付勅令で隠匿物資等緊急措置令を制定した趣旨は、太平洋戦争によつて莫大の物資が消耗された後終戦となつたので戦後のインフレーシヨン等の思惑のため国民の中には不正又は不当に物資を集めたり、又終戦の混乱に乗じて軍等から不正又は不当に物資の放出を受けた者又は種々の事情から多量に物資を所有し又は占有している者からその物資を供出させ之を適正の価格で公正且重点的に配給して速かに物資の遍迫を緩和し、以て国民生活の安定を確保せんとするにあつたことは明であつて毫も国家は之れによつて利得を得ようとの目的でなかつたことは言うを俟たない。

従て原告に対する前記緊急措置令違反事件が国家の司法機関である裁判所の判決でその無罪が確定した以上国としては率直にその事実を承認すべきであつて徒らに形式論理をもてあそんで前記過剰物資等在庫活用規則第一条にいわゆる「不正保有物資」であるとして之を処理するのは相当でないと思う。殊に国家は「最高の道徳」を実現することを以てその崇高の理想として之が達成に恒に不断の努力をなすべきである。思うに国が前記の如き緊急措置令を発布して国民に財産を供出せしめて経済上多大の犠牲を強制しながら一方之れによつて国家が利得を獲得するが如きは、叙上の国家の理想とする「最高の道徳」に反すること勿論であると考えるから当裁判所は前記被告の主張は採用しない。

(ハ)  原告は本件物件を前記の通り不正保有物資として供出したところ、成立に争のない甲第二、三号証によれば昭和二十三年十二月三日、国の代行機関である産業復興公団をして過剰物資等在庫活用規則第三条により昭和二十一年三月当時の統制額に従い金一万二千五十七円三十七銭としてその買上価格を決定したことが明かであるが、その後本件物件は国の右代行機関によつて昭和二十四年八月及同年十二月中に金十万三千四百六十七円で売却処分されたことは前記の通り本件当事者間に争がないから、原告は結局本件物件による得べかりし利益の喪失により右の差額金九万千四百九円六十三銭に相当する財産上の「損失」を受けたものと言うことができる。

(ニ)  他方被告国は原告の本件物件を過剰物資等在庫活用規則第一条の「不正保有物資」として処理し右代行機関をして前記(ハ)の如く原告から金一万二千五十七円三十七銭で買上げしめ、更にその後右代行機関により金十万三千四百六十七円で売却処分したから右の差額である金九万千四百九円六十三銭の「利得」を得たものと言うことができる。

(ホ)  被告国の前記「利得」は之を保有せしむべきか否かについて考えてみる。

原告と被告間には本件物件を目的とした売買契約が形式的には存在することは前叙説示した通りである(原告は右契約は要素に錯誤があるから無効であると言うけれ共隠匿物資等緊急措置令に基く限りいづれの見地に立つにしても右物件の所有権が国に帰属すべきものであることは疑いないからこの問題は暫く措く)。しかし思うに原告主張の基調となつている本件不当利得制度の目的は、叙上の如き形式的には正当視せられる財産的異動が実質的に見て正当視せられえないような場合に公平の理想によつてその財産状態を調整するためにその不公平な結果を除くところにあるのであるから、本件不当利得の返還請求の基本は結局右受益者国において取得した前記「利得」の保持を許すことが前叙の公平の観念に照し許さるべきか否かにあると思う。しかるに叙上説示した通り被告国の前示(ニ)の利得は本件物件を「不正保有物資」として之を処理したことに因つて生じたのであるから、本件物件が前叙認定の如く「不正保有物資」でないとしたならば右の「利得」は結局法律上の原因なくして他人の「損失」に基いてえた「利得」となるから、被告国をして之を保有せしむることは即ち前叙の公平の理想に反するものと言うべきである故損失者である原告に之を返還せしむるを相当と考える。

(ヘ)  以上の次第であるから被告国は前記「利得」した金九万千四百九円六十三銭を原告に不当利得として之を返還する義務あるものと言うべきであるが、原告のその余の請求は原告は国に対して既に直接実体上の売買代金請求権を取得しているのであるから之を行使すると否とは原告の自由であるが、右の部分については何等損失がない訳である故国に対して之が返還を請求しえないと言うべきであるから右の部分については本訴請求は理由がないから之を棄却すべきものと考える。

仍て民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 佐野英雄)

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